HARLEY-DAVIDSONのあゆみ・その1へ
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パンヘッド 発表
新型エンジンのパンヘッドエンジンが発表される。
石橋を叩いて渡る社風の為か、当時旧式の松葉フォークと言われ嫌がられたスプリンガーを’48年まで使った。
小排気量車の生産始まる。モデルSは125cc、2ストロークサイクル・単気筒。 (アメリカ生産の小排気量車は’66年のBobcatまで)
写真は’48パン。Wolfgang Wiesner著、『Harley-Davidson Photographic History』より
ハイドラグライド 発表
油圧フロントフォークを付けた、ハイドラグライドモデルが発表される。
写真はハイドラ。Wolfgang Wiesner著、Harley-Davidson Photographic Historyより
Kモデル発表される
新型のサイドバルブ、モデルKが発表される。Kの生産は翌年で終了。生産台数は52年は1970台、53年は1723台。
写真は1952年Kモデル。『THE COMPLETE HARLEY-DAVIDSON』 Tod Rafferty著より
ハーレー50周年、インディアンツブれる。
1953年のKHに関する記事は1954年 モーターファンより。
今はありがたいSVも当時は時代遅れと嫌がられた。
写真は1954年型ライラック・ドラゴン。1960年 オートバイ6月号p.129より
愛車のKHに跨るエルヴィス・プレスリーがTHE Enthusiastの表紙になる。営業用とプライベートの表情の差がはげしい。
写真は1956年THE Enthusiast、パンヘッドにまたがるエルヴィス・プレスリー。
Wolfgang Wiesner著、Harley-Davidson Photographic Historyより
スポーツスター発表、ソ連世界最初の人工衛星打ち上げ成功
新型モデル・スポーツスター発表。55ci(900cc)、OHV V-TWIN。
1957年モデルのみ圧縮比は7.5:1。3インチボア、3.812インチストローク。
写真は1957年スポーツスター。Wolfgang Wiesner著、Harley-Davidson Photographic Historyより
リア・ショックの付いたパンヘッド・デュオグライド発表
写真は1960年にバルコム貿易より輸入されたデュオグライド。1960年 モーターサイクリスト7月号より
写真はホンダT.T.レーサー。1959年 モーターサイクリスト4月号p.83より
H-Dはイタリアのアエルマッキ社(Aermacchi)のオートバイ部門の株の半分を購入。技術提携をはかる。
イタリア製のハーレー(Aermacchi-Harley-Davidson)は1978年まで生産された
写真はアエルマッキ・ハーレーダビッドソン アラベルデ(Ala verde)250。
1961年 モーターサイクリスト 6月号p.25より。
写真は1963年東京モーターショーでダンナが撮ってきたカブのブース。
ダンナはライラック見たさに期間中毎日通った。
45ciのサービカーGEにセルフスターターが付く。電源が12Vになった最初のモデル。
写真は聖火を守る白バイ。1964年 オートバイ 12月号より。
セル付きパンヘッド・エレクトラグライド発表、ベトナム戦争始まる
12V、セルフスターター付きのパンヘッド・エレクトラグライド発表。
写真はエレクトラグライド。『HARLEY-DAVIDSON DATA BOOK』Rick Conner著より
参考文献
『国産モーターサイクルのあゆみ』 八重洲出版
『ハーレーダビッドソン80年史』 デビッド・K・ライト著 高齋正訳 グランプリ出版
『日本のオートバイの歴史』 冨塚清著 三樹書房
『アメリカ史』 紀平英作編 山川出版社
『自動車の世紀』 折口透著 岩波新書
『HARLEY-DAVIDSON DATA BOOK』 Rick Conner著
『Harley-Davidson Photographic History』 Wolfgang Wiesner著
『American CUSTOM MOTORCYCLES』 Andrew Morland&Peter Henshaw著
『THE COMPLETE HARLEY-DAVIDSON』 Tod Rafferty著
『THE ENCYCLOPEDIA OF THE MOTORCYCLE』 Hugo Wilson著
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